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川口居留地研究会
(解説は堀田暁生氏による)






1+7
(左半分)木津川橋より南部分。左端の土蔵が旧オランダ領事館のあった建物、その右上の洋風建物は現本田小学校の辺りであるが不明。三角屋根は川口基督教会の前身テモテ教会(21番、1882築)
その右の煙突はカロル商会(大阪製氷会社、20番)
(右半分)橋は木津川橋、鉄橋化されているので明治21年以後、橋の右上にあるのは
24番の位置であるが所有者不明(元はキニフル商会のあったところ)、橋の左側は23番に位置するところは三一小学校か?1890〜1900年?。
3.左に大阪府廳、その横は大阪府警察本部。橋は端建蔵橋(明治11築)、
橋の右の建物は聖バルナバ病院(明治16築)。中之島の西先端から居留地方面の撮影。端建蔵橋は明治18年の洪水では流されなかったようである。府廳の前の橋は木津川橋、鉄橋化されているので明治21年以後は確かである。
4.聖バルナバ病院(明治16築)、橋は端建蔵橋。明治21年以後と思われる。
5.安治川橋から居留地を臨んでいる写真。正面は6番(オーサカホテルもしくは照暗女学校)、その左は7番か? 安治川橋は明治18年の洪水で被害を受け
爆破されているのでそれ以前の写真。
6.木津川橋、鉄橋なので明治21年以後。
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